日本の山といえば、真っ直ぐに伸びる杉や檜の森。 古くから建築材として私たちの生活を支えてきたこの二つの木は、盆栽の世界でも「日本の美」を象徴する樹種として愛されています。
「杉と檜、どっちがどっち?」 「花粉症だからちょっと…」
そんな声も聞こえてきそうですが、盆栽の杉や檜は(基本的に)花粉の心配はほとんどありません。それどころか、作業中に漂う「森の香り(フィトンチッド)」には、深いリラックス効果があります。
今回は、自宅で森林浴が楽しめる「杉」と「檜」の魅力と育て方を徹底解説します。 杜松のような荒々しさとは対照的な、静寂と品格の世界へご案内します。
1. 「杉」と「檜」の違いと見分け方
育て方の前に、まずはこの二つの違いを知っておきましょう。 どちらもヒノキ科(杉はかつてスギ科でしたが現在はヒノキ科に統合)の常緑針葉樹ですが、葉の形や冬の姿がまったく異なります。
杉(スギ):直幹の美と冬の紅葉
- 葉の形: 針のように尖った葉が螺旋状につきます。チクチクしますが、杜松ほど痛くはありません。
- 冬の姿: 寒さに当たると、葉全体が「赤茶色(チョコレート色)」に変色します。これは枯れているのではなく、寒さから身を守るための保護色。春になって暖かくなると、魔法のように美しい緑色に戻ります。
- 代表品種: 盆栽では、葉が小さく密になる「八房杉(やつふさすぎ)」などの品種が人気です。

檜(ヒノキ):鱗(うろこ)のような優しさ
- 葉の形: 平たく、鱗(うろこ)のような葉が手のひら状に広がります。手触りは柔らかく、裏側には「Y」字型の白い気孔線が見えるのが特徴です。
- 冬の姿: 杉とは異なり、冬でも美しい「緑色」を保ちます(多少茶色くなることもありますが、杉ほど劇的ではありません)。
- 代表品種: 盆栽では、葉が非常に細かく詰まる「津山檜(ツヤマヒノキ)」や「石化檜(セッカヒノキ)」が特に人気で、初心者にも扱いやすいです。

2. 育て方の基本【共通編】
杉と檜、育て方のポイントは非常によく似ています。 最大のキーワードは、「水切れ=即、枯死」です。
【水やり】とにかく水が大好き!
杉と檜は、盆栽樹種の中でもトップクラスに水を好みます。 自生地を見ても分かるように、湿潤な日本の気候に適応した木ですので、乾燥には極端に弱いです。
- 春・秋: 1日1回~2回。
- 夏: 1日2回~3回。絶対に乾かさない覚悟で。
- 冬: 2日~3日に1回。
⚠️ 恐怖の「下枝枯れ」 水が不足すると、木は生き残るために頂点(頭)の方へ水分を優先して送り、重要度の低い「下の方の枝」を自ら切り捨てます。 一度枯れた下枝は二度と復活しません。下の枝がスカスカになると盆栽としての価値が下がってしまうため、「土の表面が乾きかけたらやる」くらいの早めの水やりを心がけましょう。

【置き場所】西日を避けた日向
日当たりと風通しの良い場所を好みます。 ただし、強い西日や真夏の直射日光で鉢がカンカンに熱くなると、根が傷んで水切れの原因になります。
- 基本: 日当たりの良い棚上。
- 夏場: 午後からは日陰になる場所か、寒冷紗(遮光ネット)の下で管理するのが安全です。
- 冬場: 寒さには強いですが、冷たい乾風は葉の水分を奪います。ムロや軒下で保護しましょう。
3. 手入れの極意「芽摘み(めつみ)」
杉や檜をボサボサにせず、美しい三角形のシルエットや、雲のような枝棚(えだだな)を作るためには、「芽摘み」が欠かせません。
ここで重要なのは、「ハサミを使ってはいけない場面がある」ということです。
杉の芽摘み:指先でつまむ!
成長期(春~秋)に、明るい緑色の新芽がツンツンと伸びてきます。 これを放置すると枝が間延びしてしまいます。
- やり方: 伸びてきた柔らかい新芽を、親指と人差指でつまんで引き抜きます。
- 禁止事項: 緑色の葉をハサミで切ってはいけません。 ハサミで葉の途中を切断すると、切り口が茶色く変色してしまい、全体が枯れたような見た目になってしまいます。ハサミを使うのは「木質化した(茶色くなった)枝」を切る時だけです。
檜の芽摘み:輪郭からはみ出た芽を摘む
檜は、葉が扇を広げたような形で伸びていきます。 輪郭から飛び出した元気な芽を摘み取ることで、内側の細かい芽に力が分散し、密度の高い枝棚になります。
- やり方: 杉と同様、柔らかい先端部分は指で摘み取ります。津山檜などの細かい品種は、指で摘みにくい場合もあるので、その場合は先の細いハサミで「葉と葉の継ぎ目(軸)」を狙って切ります。やはり葉っぱそのものを切断しないよう注意が必要です。
4. 楽しみ方:一本で楽しむか、森を作るか
杉・檜には、いくつかの定番の楽しみ方があります。
1. 直幹(ちょっかん)作り
真っ直ぐ天に向かって伸びる、一本の巨木を表現するスタイルです。 下枝から上枝へ、きれいな三角形のシルエットを作るのが王道です。シンプルだからこそ、幹の太さや立ち上がりの美しさが際立ちます。
2. 寄せ植え(森作り)
杉や檜といえば、やはり「寄せ植え」が人気です。 大小さまざまな苗木を、浅い鉢や石の上に寄せて植えることで、まるで「小さな森」をそのまま切り取ってきたような景色を作ることができます。
- 主木(しゅぼく): 一番背が高く太い木をメインにします。
- 配置: 奥に小さな木、手前に大きな木を配置したり、あえて不規則に植えたりすることで、奥行きと自然感を演出します。
初心者の方でも、3本や5本の寄せ植えなら挑戦しやすいですし、完成した時の達成感は格別です。

5. 肥料と植え替え
【肥料】控えめがコツ
杉・檜は、肥料をやりすぎると枝が徒長(伸びすぎる)してしまい、せっかくの細かい葉が荒くなってしまいます。 松や雑木に比べると、「やや控えめ」に与えるのが美しく保つコツです。
- 時期: 春(4月~5月)と秋(9月~10月)。
- 種類: 有機固形肥料(油かす等)を、少なめに置きます。
【植え替え】根詰まりに注意
水を好む分、根の成長も早いです。鉢の中が根でパンパンになると水が入らなくなり、枯れの原因になります。
- 頻度: 2年~3年に1回。
- 時期: 3月~4月上旬(新芽が動く前)。
- 用土: 赤玉土単用、または赤玉土8:桐生砂2くらいの配合。
6. まとめ:静かなる森を育てる
杉と檜の育て方のポイントをおさらいしましょう。
- 水切れは厳禁! 乾く前にやるくらいの気持ちで。
- 杉の冬枯れは心配無用。 春には緑に戻る季節の風物詩。
- ハサミに注意。 新芽は指で摘み、茶色い切り口を作らない。
- 下枝を大切に。 一度枯れたら戻らないので、日当たりを確保する。
華やかな花は咲きませんが、雨上がりのしっとりとした杉檜(すぎひのき)の盆栽には、日本人のDNAに響くような深い味わいがあります。
作業中にふと香る、爽やかな森の香り。 忙しい日々の疲れを癒やしてくれる「あなただけの小さな森」を、ぜひベランダや棚場で育ててみてください。



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